ぼくを憐れむうた

ぼくを憐れむうた

日々の雑記や音楽のお話

ここは ぐちの はかば


居酒屋いざこざ

ぼく「麻婆豆腐作るのにハマってて」

後輩「ほう?」

ぼく「2回やったけど2回とも上手くいったんだよね」

後輩「ぼくは週一で食べてますけどねw」

ぼく「ぼくは今週で2回作ったけどねw」

後輩「調味料と具材は?」

ぼく「豆腐とひき肉と豆板醤と甜麺醤と酒と醤油」

後輩「ネギは?w」

ぼく「あれ、言わないとわかんないかな?wあとネギねw」

後輩「料理手順を述べてください」

ぼく「はい、まず豆腐軽く茹でて、そのあとひき肉を炒めます。この時、豆板醤を入れます。その後お湯を入れて」

後輩「はい、甜麺醤はお湯を入れる前です。対戦ありがとうございました」

ぼく「君さぁ、四川豆板醤使ってんだって?一般人はあんなの辛すぎて普通の豆板醤しか食べらんないの。知恵袋にも古事記にもそう書いてある。つまり君のクレイジーな味覚のレシピは当てになんないってわけなんだよね」

後輩「あのですねえ、豆板醤も甜麺醤も炒めるからより味が出て風味が増すんですよ。お湯を入れてからじゃ遅いんです。それに豆板醤じゃあ辛味が足らないから四川のを使ってるんですよ。駄目ですね、確実にぼくの麻婆豆腐の方が美味しいですよね」

ぼく「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねしゃべりかけんな」

 

十数分後

 

ぼく「最近鶏ハム作るのにハマってて」

後輩「ほう?」

ぼく「ただ鶏ハムは中々作るのが難しいよ、低温調理だからね」

後輩「鶏はどこのものを使ってるんですか?ブロイラーですか?」

ぼく「こだわりがあるからね、個人輸入でイギリスから取り寄せてるわけ」

後輩B「イ…イギリス?フランスじゃなくて?」

後輩「w」

ぼく「だからフランスって言ってるよね?フランスから取り寄せてんの。てか国とかじゃないよね、鶏って。」

後輩「どこかにこだわりがあるんですか?」

ぼく「料理の一番のスパイスは愛情っていうでしょ?愛情はイコールで音楽なんだから、ぼくはモーツァルトを聞かされて育った鶏しか食わないことに決めてんの。植物だってポジティブな言葉をかけて育てるとよく育つって言うからねえ」

後輩B「なるほど、モーツァルトの曲はどんな曲が効果的なんですか?」

ぼく「へ?」

後輩「確かに」

後輩B「あれ、曲知らない…?」

ぼく「ぼくショパン派なんだよね」

後輩B「ショパンだと…」

ぼく「そうだねえ~~~~!!!!!!!!なんだろな~~~~~!!!!!!!!」

後輩B「子犬のワルツとかですか」

ぼく「ありゃああああああいい曲だよねえええええええてか悪いけどもう喋りかけないでもらえる?????????????????」

 

十数分後

 

後輩「後輩Bと話すのいつ以来ですか?」

ぼく「どうだろ、夏以来じゃない?」

後輩B「明けてからお会いしましたよ」

ぼく「会ったけど話してないもんね。一番最近の会話でも君がぼくにグローを売りつけてきた時の商談だぞ。商談はビジネスであってお話じゃないもんね」

後輩B「使ってくれてますか?」

ぼく「スティック地味に高いし、部屋のインテリアとして考えても炊飯器の方が優秀だったわ」

後輩B「お買い上げありがとうございました」

ぼく「いえいえ、こちらこそ。法治国家に感謝しろよ。法が許せば重くて硬いもので殴ってるのに」

「ワロタwww」って最近言わなくなったのは

まとめブログというものがある。

2ch、いや…今は5chか…ふん…時の流れは早いものだ…

まあそういったサイトのスレを編集して載せるサイト、それがまとめブログである。

 

今は増えに増えてサイトが乱立しているが、その中でも太古から存在しているまとめブログは太古のスレを保存している貴重な情報源となっている。

そんな太古のまとめブログの太古スレを覗いてみると…

そこには素面とは思えない書き込みの数々がある。

 

「ワロタwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwっw」

「イミフwwwwwwwwうはwwwwwwおkwwwwwwwっw」

「ワロリンwwwwwwwwwwwwwwwっw」

「ワロワロリンwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwっw」

「ワロワロホスピタルwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」

 

最後のは意味不うはおkであるが、それにしても凄まじいテンションである。

勿論モニターの前でここまで大笑いしているなんてことはないだろうが、当時のwの数といったらサハラ砂漠も緑豊かにできるのではなかろうか。

 

しかし、昨今のインターネットの環境は当時に比べて非常にクールダウンしているように思える。つまり、当時ほど住民たちがハイテンションではなくなってしまっているのではないだろうか。

この原因を突き止めるべく調査班は最寄りのミニストップへと飛んだ-…

 

ところで、最近の若者は妙に冷めているように感じる。というのは、大人の真似事をしたり斜に構えたものの考え方や立ち振舞が良しとされているような気がする。

これは恐らくインターネットの弊害であるのではないだろうか。インターネットが普及した現代では、日常会話にもインターネットで流行っている言葉や所謂ネットスラングが飛び交っている。その中に「中二病」というものがある。

 

中二病邪気眼に代表される思春期特有の痛々しい言動の数々であるが、一昔前はせいぜいネットスラング止まりでリアルの会話で持ち出されることはあまりなかった。そのおかげで、少年少女達は羞恥心を一切抱かずに多重人格を自称したり、あるいは小説を書いたりポエムを書いたりできていた。

しかし今では痛々しい人々を揶揄する有名な言葉の1つになっているせいで、思春期では当然起こり得るであろうそういった言動を”恥ずかしい”として知らず知らずのうちに抑え込んで、むしろ一度そういった言動をとれば「中二病じゃん」と冷めた目で見られてしまう。

そうすると言動は自然と妙に大人びたものになり、ファンタジーにも触れはすれどあくまで創作物の範疇を逸脱しない程度に楽しむようになってしまっているのではないだろうか。

それらのことから馬鹿な出来事に対してものっかるのではなく、あえて冷めた目線で冷めた言葉を吐くことこそが若者が思う”かっこよさ”に繋がっているのだとしたら、今のクールダウンしたインターネットの状態も納得がいく。

 

真新しいものが無くなってしまったのも1つの原因かもしれない。何をしても何かの二番煎じになってしまうくらいにインターネットのコンテンツは増えすぎてしまっている。それに伴って住民たちもかなり分散してしまっている。黎明期、あるいは全盛期の頃の盛り上がりを今更再建できるようなコンテンツを生み出すことはほぼ不可能だろう。

だが、少し思い出して欲しい。初めてインターネットに繋がった瞬間を。初めてインターネットを利用して名前も顔も知らない人と交流した日を。窓の向こう側に様々な景色を見て、様々な可能性を感じたことを。

 

もう平成も暮れである。先日は平成ネット史という番組が放送されたらしい。あの日のTLには腐るほどの”懐かしい”という感想が飛び交っていた。同時に”歳をとったなあ”なんて感想もぽつぽつと散見された。過去を振り返れば懐かしいことばかりで、自分が重ねてきた年月も実感することだろう。

だが、昔を懐かしんで「あの頃はよかったなァ」なんてため息をつくのは酒を呑んだ時にすればいいことである。

過去のことばかり称賛しても何も生まれない。ありきたりな言い回しだが、大切なのは今の状態であり今の環境であり今を生きていることである。

あの頃に比べて妙に冷めた態度をとろうとしていないだろうか。斜に構えていないだろうか。捻くれていないだろうか。誰かの言動を寒いと一蹴していないだろうか。

面白いことを面白いって素直に言えているだろうか。

クールに振る舞うのはクールだ。大人ってのはそういうものかもしれない。でもあの頃の人々は知的ながらも馬鹿で、幼稚で、何より面白かった。それは純粋に楽しんでいたからじゃないだろうか。当時も冷めた人々はごまんといただろう。それでもそんなの気にもとめずにくだらないことに全力を出していた人々は確かにいたのだ。

斜に構えていても、捻くれていても、どうか仮想空間であるインターネットでは多少なりとも馬鹿であって欲しい。くだらないことを許して、くだらないことに夢中になってほしい。

 

取り留めもない文章になってしまったが、そんなところだ。特にオチもないので冷蔵庫のモノマネで〆たいと思う。

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ブゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥンwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

ちんこ

苦手科目:下ネタ

私は下ネタがどうも苦手だ。

 

別に下ネタの話になったらなったで合わせるけど、どうも苦手だ。

で、男だけならいいけど女の子もいたりすると最悪の気分になる。

 

まず根本に下ネタは絶対ある程度受けるという保険があるネタというのが気にくわないんだろう。

 

人間という生き物は、全く知らない話より共通の話題の方が盛り上がるものだ。そして、下ネタというのは誰しもの共通の話題であり、なおかつ普段表沙汰にならない裏の話題であるゆえに興味のある話題であるだろう。

例えばサークルのどの子とならセックスがしたいだとか、誰々に似てるAV女優を見つけたとか、何時間セックスし続けたとか。

どれをとってしても盛り上がるに決まっている。

 

そこが腹立たしい。

つまり、頭をフル回転させなくても、面白い方向に話をシフトさせる手筈を考えなくても、誰でも盛り上がられるのがどうも気に食わない。

てきとうに話してもひょうきんな感じを作れるからなんの努力もいらない。

別にぼくが何か努力しているわけではないが、こればっかり使って"面白い人"面している奴がムカつくのだ。

チートキャラを使って無双して楽しいか?フォックスしか使わずに弱キャラ捻り潰して楽しいのか?それは自分の性能じゃなくてキャラ性能がいいだけだぞ。いい加減ファックスファイアーの連打をやめなさい。

 

次に、えもいわれぬ気持ち悪さがある。昼間はニコニコしてるのに夜はニヤニヤしてるその切り替えに気持ち悪さを感じている部分が少なからずあるのだと思う。

ぼくが高校生の頃、クラスにようやく馴染めたという辺りで放課後に雑談して教室に残っていたことがあった。

急に始まった"ヤりたいクラスメイトの話"にぼくはびっくりして言葉を失った。昼間は普通に異性と接しているのに腹の内はここまで下心で動いているのかと思うと、その場にいる全員が気持ち悪くなって速攻で教室を飛び出し方チャリに乗って泣きながら帰った思い出がある。

ピュアだったんだね、と言われればそれまでだが、今のぼくでも当時のぼくの心境はわかるし、今でも逃げ出さないにしてもどこか気味が悪いと思うところはある。

 

一種の"生々しさ"に嫌悪感を抱いている可能性もあるように思う。

つまり、これが突拍子も無い下ネタならなんのことはないのだ。

「新しいオナニーの方法を思いついた」とか

2chが閉鎖されそうですが、ぼくのアナルも閉鎖されそうです」とか

「金玉がでかすぎて電車のドアに挟まった」とか。

半分ファンタジーな下ネタなら別に不快な気分にはならない。こんなようなことしか言わなかったらそれはそれで心配になるけども。

しかし、これが知人の性生活の話などになれば一気に生々しくなるし気持ち悪い。さらに言えば興味が興味がない。ぼくからすると、君の性生活の話は、延々と豚の解体方法について聞かされているようなもので、興味もなければ気持ちも悪いものだ。

 

高校時代もやたら、他人の月だか週だかのオナニー回数を尋ねてくる奴がいたが、全く意味がわからない。隠すほどのことでもないが聞くほどのことでもないだろう。あの文化は本当に不可思議であった。

 

長くなってきたが、ようはこういうことだ。

1.ぼくが他人の性事情に興味がない。だから話にそそられないし面白いと感じない。むしろ気持ち悪さすらある。

2.面白い人を自称しながらすぐ下ネタに頼る奴の生き方が嫌い。

 

…とはいえ、全面否定するほどではない。苦手なぼくであっても、時と場合が重なればケラケラ笑ってることもあると思う。

しかし、それは時と場合がうまく噛み合った時であり、なんでもかんでも下ネタを言っておけば解決するわけじゃない。それをされるとむしろ不快に感じる。

最後は2の自称面白い人への苦言になってしまったが、ようはそういうことだ。その場では笑っていても実はあんまり楽しくない人もいるってことだ。

本当に"面白い人"なら下ネタ抜きで喋ってみてください。それができないなら肩書きを"面白い人"から"下ネタが好きなだけのつまらなくて醜い豚"に変えてください。てめぇの図体内臓ごとフルコースにすんぞボケ。

 

ではこの辺でお暇いたします!wこの後pixivの巡回をせねばなりません故!wさてと、おねショタで検索検索ゥ!w