ぼくを憐れむうた

ここは ぐちの はかば

ここは ぐちの はかば


弾き語れガール

※昨日は京都のゲロかわガールと結婚したいと述べましたが、奈良のゲロかわガールに変更になりました。ご了承ください。

New求婚ソング

 

話題はぜんぜん変わるんですが、時々発作的に弾き語りが聞きたくなる時があります。

まだ楽器を触ってい無かった頃から”弾き語り”というのが好きで、高校の頃は夜な夜なニコニコ生放送で弾き語りの配信者を視聴しに言っては「丸の内サディスティック」と「Alice」を注文していた覚えがあります。

高校の頃ほどの弾き語りを聞きたい欲求は減ってしまったのですが、それでも時折聞きたくなるんです。最近だとニコ生よりツイキャスのが弾き語リストの主流のようなので、ツイキャスで弾き語りタグで検索して弾き語りを聞くと「やっぱりいいなぁ」ってなるんですけど、1つ重大な問題があるのです。

あのねえ。

そのねえ。

お前らねえ。

マジで喋りすぎ。いや、マジで。

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※画像は関係ありません

これに関してはね、高校の頃からずっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっと思ってるんですけど、どいつもこいつもマジでベラベラベラベラ喋りすぎなんだよ!こっちは弾き語りを聞きにいってるわけ!何故かわかる?お前が弾き語りタグをつけてっからだよ!弾き語りしてくれりゃあ、大嫌いなラッドウインプスでもバックナンバーでもバンプオブティキンでもいい感じに聞こえるんだよ。まぁ米津は駄目だけどなw

んで、雑談の内容も音楽の話でもなく、楽器の話でもなく、昨日飲んだフラペチーノの味の話とかしてやがるの。

「昨日新作のフラペチーノ飲んだんだけどマジで美味しかったw」

ふざけてんの?美味しかった♡って、そりゃ美味しいだろフラペチーノは!フラペチーノ飲んだって言ったら美味しかったって言う必要ねえんだよ美味しいに決まってんだからよ!!!!ボケが!!!!

違う違う、そうじゃなくて、”弾き語り”をしろっつってんだよボケが!!!!

 

現象には原因がある。つまりこの弾き語リストが全然弾き語りしない現象にも原因がある。それは何か?ズバリ、ファッキンクソリスナーどものせいだ。

「そうなんだ、あれ飲みたいんだけど中々スタバ行けないんだよねw」

おい、続ける気満々なレスポンスやめろ、クソリスナーどもよ。お前らがなぁ!配信者の小話に一々しょーもないコメント投げるから無意味な会話のキャッチボールが生まれるんだよ!広げるほどの話じゃないんだよ。ライブ中のMCとキャッチボールする馬鹿がどこにいるんだ?てか曲に関して一切触れずに自分の話したいことばっか話してるとかクレイジーすぎるだろ。

 

なんで雑談したい奴が弾き語り枠に来るんだ?マジでマジでマジで理解不能。雑談枠に行けよ。で、配信者側も雑談したいなら雑談枠にしろよ。”弾き語り”タグを外せ。紛らわしいんじゃボケ!!

なんで正座して検索してクリックして暫く居座って、弾き語りを期待しながら配信終了までずっと内輪のわけわからん雑談を聞かされ続けないといけないんだ?俺がどんな顔してブラウザ閉じてるのかわかってんのか?

 

ぼく「ポチッ」

配信者「それで、こないだ服買いに行ってw」

馬鹿「あー配信者さんお洒落そーw」

配信者「いや、そんなことないからwてか馬鹿くんもお洒落そうだよねw」

馬鹿「いや全然w友達とかから服装弄られるしw」

馬鹿2「てか今日寒くない?w」

ぼく(まだかなー)

中略

配信者「ははwじゃあ次の曲ー…あぁ時間きちゃったわwじゃあ飯食ってきまーすw」

 

こらこらこらこら、おいこら。

癒やしを求めて弾き語りを聞きに行っているだけなのに、なんでこんなに辛い思いをしなければいけないんだ…別に高クオリティの弾き語りを求めてるわけじゃない…むしろ、少し素人感溢れる感じの、世界の片隅でなんとなく歌ってる程度の弾き語りで全然いいのに…なんで…どぼじて…

 

高校生の頃に聞いていた弾き語りの配信で好きになった曲も多々ある。

弾き語りスタンダードである「さよならミッドナイト」「家族の風景」「丸の内サディスティック」

古川本舗「スーパー・ノヴァ」「Alice」「girl friend」

Fishmans「いかれたBaby」「ナイトクルージング」

ハンバートハンバート「おなじ話」「もったいないけど」

中でも印象的だったのは

住所不定無職「あの子のaiko

住所不定無職はこれ以外全然好きにならなかったが、この曲は本当に素晴らしい。

www.youtube.com

真夜中に向井秀徳の弾き語りをしていた少年もいた。やたら「乾杯」っつっててどんだけビール飲むんだよと思ったが、向井秀徳の決め台詞だったということに気づいたのは数年後だった。

弾き語りは、色んな人が色んな曲をやっている。各々が好きな音楽をやっている。上手い下手はどうでもいいのだ。そんな色んな人が好きな音楽をやっている弾き語りが好きなんだ。時にはそれで素晴らしい音楽に出会えることもあるんだ。

だから、

今すぐフラペチーノ談義を辞めてギターを握って弦を鳴らせ似非弾き語リストどもが!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!1

京都のゲロかわガール

夢を持って生きている人ってのはどれくらいいるのだろう?

世知辛い世の中を生きていくうちに純粋な気持ちは徐々にすり減らされていって、いつの間にか今週やることしか考えられなくなってしまう。それは大人になった証拠なのかもしれないが、ちょっと寂しい気もする。

 

先月はサークルのOBOGの結婚式ラッシュだったらしい。ぼくには全く声がかかっていないけれど、皆さん幸せそうで何よりだ。結婚は人生の墓場と言うが、きっとそんなこともないのだろう。

D.Gray-manで「私より不細工でも”それ”をすると私よりずっと綺麗になる」と結婚を表現するシーンが有るが、結婚式というのは人生で最も輝くシーンの1つだろうし、結婚というのは人生で1つのゴールでもあるだろう。

 

そう。ゴール。だからぼくも結婚したいです。今は無理でも、いつか、してみたいです。でも猿でも犬でもいいというわけではありません。そんな鬼ヶ島メンバーとの結婚は望んでいません。異性なら誰でもいいわけでもありません。そんな結婚にしがみついているわけでもありません。

ぼくは、京都のゲロかわガールと結婚したいんです!!!!!!!!!!1

 

関西弁って可愛いですよね。ぼくは東海地方のシティボーイなので身近に訛りのある人が非常に少ないシーンで生きてきました。というか身近に女の子が非常に少ないシーンで生きてきました。これは東海地方はあまり関係がありませんが。

なので、少し訛りに憧れがあるというのがあるのかもしれません。

まぁそれを踏まえても、やっぱり関西弁は可愛い。でも無条件で可愛いというわけではありません。声高めでぇ…可愛い感じの声でぇ…なんかほわほわしてる感じの服でぇ…なんかほわほわしてる感じのルックスでぇ…おっとりしてる感じでぇ…目玉焼きとか失敗しちゃう感じの女の子がいいですwへへw

で、少し前に教わった情報で、関西弁の本拠地であるOSAKAの女は9割misonoみたいな話し方をするというリークがあったので大阪は駄目だ。四六時中misonoが横にいると想像するだけで具合が悪くなる。実際脳内でシミュレーションしたら腹下した。

じゃあぼくの理想像的関西弁ガールは恐らく大阪には居ない。じゃあどこだ?間違いない、京都にいるはずなのである。

 

しかし京都のガールなら誰でもいいわけではありません。ただの人間には興味がありません。京都人!のキーボーニストがいたら私のところへ来なさい!以上!

 

いませんか!??!?!?!!?!?!?!?日本には1億3千万人が住んでいるんだよ!?!??!!?!?!?うち何人が京都人かはわからないし、そのうち何人がキーボードを弾けるかわからないし、そのうち何人がぼくのことをしゅきしゅきプリンになってくれるかわかりませんが、居なくはないでしょ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

少子化、高齢化、生産年齢人口減少、これらは日本が抱える重大な課題であるが、若者が0ってわけじゃない。ということは、理論上”京都のゲロかわガール”はどこかに必ず存在しているはずなんだ!!!!!!!!!!!!!概念なんかじゃない!!!!!!!!!妄想なんかじゃない!!!!!!!

俺はなぁ!!!!!!今週やることだけ考えるなんてできねえんだ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!いつだって夢見てたいんだよ!!!!!!!!!!!!!!!

あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ同期が結婚したって報告をこれ以上聞きたくない!!!!!!!!!!!!!!!!!!1独り身でこれ以上聞きたくない!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

京都のゲロかわガールよ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!ぼくは頑張って毎日生きてるよ!!!!!!!!!靴下だって1人で履いてるよ!!!!!!!!!!だのに、なんでエンカウントしてくれないんだ!??!!?!?!!?!?!準伝気取りなのか?!!??!?!?!?!?スイクン気取ってんのか!??!?!?!!??!

京都のゲロかわガールよ!!!!!!!!!!!!!!!!頼む!!!!!!!!11頼むから早くぼくのもとに姿を現してくれ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

以下求婚ソングです。

ギターが、歌うんだよ

カート・コバーンはギターのことを「死んだ木」と表現した。

わお詩的ィ!と喜ぶ人もいるかもしれないが、カートにとってギターはそこまで大切なものじゃなくツールであったということだろう。

しかし死んだ木、ことギターという道具も時折歌うらしい。

これは時折聞く表現だ。

卒業していった先輩の色紙に後輩が「○○さんのギターのまるで歌うようなソロが素敵した!」と書いていたらしい。その先輩が嬉しそうにぼくに報告してきた。死ぬほどどうでもいいな、と思いながら「へっへっ、そうなんですねぇ!」と返事をした気がする。へっへっは言ってなかったかもしれない。

 

で、時が流れて自分の代の卒業ライブにて、とあるバンドでギターソロを弾くシーンがあった。だが例によって原曲をコピーするとエライことになるのでお得意のペンタスケールでどうにかしていたのだが、本番で先輩の歌とその歌詞、更には卒業というシチュエーションのダブルパンチで感極まってギターどころではなくなってしまったのを覚えている。その時は、押さえられる弦を頑張って押さえて、スケールアウトしくりのやけくそソロを弾いていた。

 

更に時が流れてブルース道場に足を運ぶようになった頃、天狗の鼻をぶち折られたぼくはギターソロとは如何に弾くのかを、そこの住民に教えを請うた。

その時に1人のギタリストが

「まず歌詞を聞かなきゃいけないよね」

と教えてくれた。

曰く「その曲の意味が解釈できて初めて良いギターソロが弾けるんだ」とのこと。

 

はぇ〜…英語わかんないのぉ…困り果てるぼくにそのギタリストがさらに続けた。

「そうすると、ギターが、歌うんだよ」

あ、これ、聞いたことある。

いつだか先輩が嬉しそうに見せてきた色紙。

いつだかの卒業ライブでの二度と弾けないであろう自分のギターソロ。

あとは、ジャムセッションについてのサイトでも幾度となく見た文面。

全く意味がわからなかったけど、そういう事だったのか。

 

卒業ライブでの時はお世辞にもギターは歌ってはいなかったけど、あの時ほど歌詞を聞いてギターソロを弾いたことはなかった。

音楽は感情をアウトプットすることを目的としたツールだ。

であれば、あの時のあのソロはきっと間違ってはいなかったのかもしれない。

 

少し話は変わるが、舞台上で楽器を壊す連中の意味がわからなかった。ネット上でも、

「楽器を大切にしろ」

と、散々言われている。

でも、演奏をしているとどうにもこうにもいかなくなる瞬間がある。感情の昂りをどう表現したらいいのかわからなくなる瞬間がくる。

それをテクニックでねじ伏せられればいいのだが、そうもいかない時もある。そうした時に、彼らはギターを床に叩きつけたり、ギターを燃やしたりしていたのかもしれないなぁ。

 

つまり、音楽の在り方や表現方法は必ずしも上手に弾くことが全てでは無いということだ。

ノエル・ギャラガーは幾つもの曲で同じソロを弾いている、と言っていた。テクニックを感じられるソロじゃなくて、同じソロでも曲に合わせた感情で弾いているから違和感が感じられないのかもしれない。

大切なのは音数ではなくて、その曲にどれだけ感情を乗せられるか、なんだろう。

 

しかし面白いのは、これを鼻で笑う人もいるという事だ。

このことをある先輩に話した時、その人は

「9割方何言ってるかわからんわw」

と言っていた。

それはそれでいいと思う。

テクニックに重きを置いて、どれだけカッコよくクールに弾けるかに命を懸けている人々もいて、そういうプレイヤーから学ぶこともあるし、そういうプレイヤーもまたかっこいい。

 

ぼくは未だに中途半端だ。

歌うギターソロが弾けるわけでも、かっこいいギターソロが弾ける訳でもない。

曲に感情を込めたり乗せたりするのは本当に難しいことだ。

 

もうすぐ4月が終わる。

去年の4月よりぼくは楽器が上手くなっただろうか。

自分じゃさっぱりわからないが、いつかぼくもギターを歌わせられたらなぁ、なんて壊れかけのストラトを眺めながら、或いは先輩のことを思い出したりしながら、そんなことを思うのであった。