ぼくを憐れむうた

ぼくを憐れむうた

日々の雑記や音楽のお話

ここは ぐちの はかば


あああああああ明日は晴れええええええええきっと晴れ

先輩が俺の同期と酒を飲んでるらしい。

ちょいちょいLINEが送られてくる。

先月の今頃はまだ俺もそっちにいたから飲めたけど、もう地元に引っ越してきちゃったから飲めない。

だから…というわけでもないけど、缶ビールを二缶開けた。

 

月曜から晴れて仕事が始まるわけだが、それまでどうにも暇で、ついにやることもなくなってしまったので自分のブログを読み返していた。

2018年頃から読んでいたのだが、まず自分の文章構成能力の低さに驚かされた。

昔からブログはやっていたしTwitterもやっている。文章をしたためることに関してはそこまでの苦手意識はなく、むしろ好きなくらいであったが、改めて自分の文章を読んでみるとまぁまぁ酷いもんだ。

…まぁ、よく考えてみりゃ昔のブログもSNSも嫌いなものへの罵詈雑言が9割を締めている。悪口じゃあ文章力上がんねぇよなぁ…

 

ただ2018年の年末から2019年の年初あたりは割とまともな文章を書いている。

当時の記事を読み返すとわかるが、この時期はレポートに追われていた時期と重なる。

更に言うとブログでは言及していないが、恐らく18年度の後期というとコメントペーパーを書く授業も嵩張っていた記憶がある。

つまり大学の講義でやたら文章を書いていた時期と、ブログの文章が安定している時期が被っているのだ。これは面白い。

あんなに嫌々やっていたレポートやコメントペーパーたちが、多少はぼくの力となっていたのかもしれない。

 

その後の記事はまだ読み進めていない。理由は面倒くさいからだ。

というのも、2019年初頭までは記事を簡潔にまとめ、オチをつける努力をしていた形跡が垣間見える。しかしその後は記事が冗長となりオチをつけるスタイルも取りやめている。

この原因に関してはよくわからない。

というか、そもそも、俺の生活における出来事に関して、そんなに綺麗にオチがつくことはそうそうない。うぜーってなって終わるのが関の山なのである。

それでも2018年度はまだ後輩がいたから後輩とのやり取りをおもしろエピソードとして消化できたかもしれないが、2019年度はいよいよ人との関わりも激減したために中々エピソードとして記事化できなかったというのもあるかもしれない。

 

又は、やはり就活と卒論とバイトの3つを並行する生活は精神をすり減らしにすり減らしてブログどころではなかった…というのも要因の1つとして考えられる。

 

これらのことから、自分のブログに関して読み返してみるまでは割と面白可笑しく日々を綴っているつもりだったが、そうでもないことが発覚した。

あれれぇ…?可笑しいよぉ…?この事実が可笑しいよぉ…?

つじつまが合わない…不条理な日常をどうにかコミカルに描くように努力してきたつもりなのに…2018年よりも文章力自体は向上してるはずなのに…どんどんつまらなくなっていく…意味わからん…辞めようかしらブログ…

 

しかし、改めて自分のブログを読み返してみると面白い。

 

というのは、ぼくは2018年4月から復学したわけだが2017年終盤になるまで復学するだなんて想像もついていなかったのだ。なんとなく、ぼんやりと、このままじゃ駄目だなという意識が会っただけで、具体的に復学のプランを練っていたわけではない。

つまり、2018年の春には2017年春に想像もつかなかったことが起きていたのだ。

 

それは今まで続いている。

2018年春段階で取得単位は40。たった40だ。4年間何してきたの?って感じの単位数だ。卒業するのに必要な単位数は130。つまり2年間で90単位取得しなければいけなかったのだ。卒論も込で。

そんな絶望的な状況。ぼくは時間割に組み込まれた講義をこなしていくことしかできなかった。言い換えれば、2018年に自分の単位数に辟易しながら講義に出ていた段階で2020年の自分が何処にいるかなんて想像がつかなかったのだ。

 

思うようにはいっていない。留年を繰り返したツケだろう。順当に就職とはならなかった。

でも、2018年の春から、想像もつかないことばかりが起きている。

現段階で、来年はどうなっているんだろう?なんて思いを馳せても全く想像がつかない。

 

ただ、1つ言えるのは、2017年よりよっぽどマシだと言うことだ。

目標もなく、ダラダラとバイト先に出勤しては死にたくなる日々よりはマシだ。

 

仕事が始まって、同じような口が叩けているかは甚だ疑問ではあるが、少なくとも今はそう思うし、2018年前期後期、2019年前期後期、大学に通っている間は2017年よりはずっとマシだった。本当に辛かったし、いっぱい冷や汗かいたが、それでも。

 

一人で酒を飲んでいて少し寂しくなってしまったので駄文でサーバーを圧迫させていただいた。

こんなに弱い人間だったっけ。孤独には慣れていたはずなのに、いざ大学生を終えると寂しくて仕方ない。もう自由な時間も自由な身分も終わってしまうんだな。

あーーーーーーーーーーーーー、そうか、卒業したんだな。ぼくは。今更になって少しずつ実感が湧いてくる。まさか自分ができるとは思っていなかったけど、確かに、ちゃんと卒業できたんだな。

2018年からずっと頑張り続けてきて、当初の目標通り2年で卒業したんだな。

 

ハァ…あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー疲れたなああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ疲れたなああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!

 

いやあ………頑張ったな。

うん、頑張ったな。

お疲れ様。

今日と明日だけは飲んだくれよう。

そしたら、少し寂しいけど、また頑張ろうな。

嗚呼!何にでもなれて、何でもなれないぼくがそこにいた!

あの怒涛の引っ越しから早2週間が経とうとしているが、あまりブログを書く気にならなくて放置していた。

 

仕事が始まるのは次の月曜日から。

つまりは明後日か。

 

ぼくは最後の春休みを台無しにしながら過ごしていた。

というのも、こっちには友達もいないし、金もないし、なんだかやる気も起きないし、割と部屋の中に籠もっていたと思う。

 

というのも、家具一式をすべて親に揃えて頂きまして、元々床生活だったのがデスクと椅子が来たので快適で仕方がないんですよね。そりゃ籠もるわ。

 

ただ、家具の配置に関してはイマイチしっくり来る采配が取れずにもどかしい日々を過ごしている。

あれだけ収納棚を欲しがっていたぼくだが、改めて部屋に置いてみると入れるものがあまりないことに気づく。これはどこに置いたものか…

逆に要らないと思っていた簡易テーブルなんかは炊飯器やらなんやらの置き場として活躍している。

 

-そんなある日、突然LINEで後輩からグループ通話に誘われた。我々のサークルはグループ通話をする文化などなかったので驚いたが、どうやらその後輩が先輩と飲んでいるようで、その他の後輩も多々誘われていた。

久しぶりに話す後輩やら先輩やら。

卒業したんですよ、なんて話をしたらお祝いの言葉をもらった。

 

程なくして飲んでいた先輩と後輩が解散するということでグループ通話をお開きに。

なんとなく一抜けで退出してしまったが、その後不意に寂しくなった。

 

ぼくは一人暮らしが長いのであまり一人でも寂しいと感じないタチなのだが、それでもいきなりかかっていた通話がいきなり終了してしまうと物寂しさを感じるものだ。

 

さて、そんな寂しさが尾を引いて今日。人と通話することはあれど、所詮は電波越し。やはり会って話したいなぁ、なんて思ってしまう自分が不甲斐ない。

 

2週間経った今でも目が覚めたらあのアパートに戻っているような気がして、そうであってくれと願ったりして。

だってそうすれば先輩や後輩とまた飯行ったり酒のんだりできるから。

いや、わかってますよ。そんなことはあり得ないし、先日ブログにも書いたじゃないか。もう大学には要がない、と。

 

ただ、今から振り返ると、あの苦しくて仕方なかった時期がどうにも愛おしい。

後輩と釣りにでかけて、帰ってきて1コマに出たりだとか、強引にバイト帰りで飲み会に誘われたりだとか、今日はダルいと1コマをサボったりだとか、そのせいで定期試験間はほぼ寝ずに行動していたりとか。

 

本当に辛くて、本当に楽しかった。

 

ぼくは1年目から4年目にかなり遊び呆けており、その頃に比べればバイトや授業との兼ね合いで遊びは減った。

それでも、卒業という目標のためにどうにか我武者羅になりながらも、程々に遊んでもらえてはいたと思う。

でもやっぱり過去ってのは美化されるもので。どうしても今日より昨日、今年より去年の方が魅力的に映ってしまう。ましてや学生生活なんてのは振り返れば美しい思い出しかない。

 

あの頃はあの頃で辛いことがいっぱいあったし、大変なことがいっぱいあった。ただ単に楽しい期間ではなかった筈だ。ましてや復学後なんて尚更。

 

そんなこと、わかっちゃいる。わかっちゃいるんだが、どうしても、ねぇ。

・・・あまり文量を書く気はなかったんだが、昔話になってしまうと不本意だが筆が進んでしまった。

 

日曜が終われば、ぼくの春休みは終わる。ついに働くことになるんだ。

不安で一杯。きっと遊んでる余裕なんてなくなるんだろうな。なんだが輝かしい新生活とは程遠い心持ちだが、まぁ、こんなもんか。

 

それに伴って早起きの練習をしないといけない。今までは11時に起きて11:30に家を出てバイトに向かっていたからな。バイトがない日なんて尚更酷いことになっていた。

これからは7時には起きないといけないため、少々リハビリが必要だ。

ということで取り留めもない記録になってしまったがこの辺で終えたいと思う。

日曜日までにブログをチラチラ読み返して、大学生活最後を締めくくるような記事が書きたいなぁ…書けるかなぁ…どうだろう…

 

それでは、今日はこの辺で。

友達がいるのさ

明日、引っ越しである。

なのに荷造りも終わってないぐちゃぐちゃの部屋でこれを書いている。

 

先程、先輩と飯を食ってきた。

ぼくは昼飯が腹に溜まっていたためケーキだけ食って帰ってきたのだが。

 

何気ない世間話。

特にグダグダになることもなく、かといって過度に盛り上がることもなく、飯が終わってしまった。

 

まるで明日からも今まで通り会えるかのようだ。

 

先輩とはぼくが1年生の頃からの付き合いだ。付き合いの長さで言えば、サークルで1,2を争う。

 

ぼくが復学を決めたのも先輩のおかげだ。

ぼくが復学してから孤独にならずに済んだのも先輩のおかげだ。

だから、ぼくが卒業できたのも先輩のおかげだ。

勿論、他にも色々な人の助力があったからこそ卒業できたわけだが、その中でも先輩への恩は非常に大きい。

 

そんなことを少し話してみたが、先輩は笑うばかり。昔話を挙げてお礼を言っても

「そんなこともあったかw」

先輩は笑って煙草に火をつけていた。

 

そんなこともありましたよ。ええ、ありましたとも。

 

 

正直、未だに地元に帰る実感がない。

明日もまたこの部屋で目覚めて、またこの街で暮らしていくような気でいる。

でも大学は単位を揃えきってしまって、先日バイトも終わってしまって、明日は引っ越しだ。もう大学にもこの街にも、ぼくは用事が何もなくなってしまったのだ。

 

 

高校の頃、同じタイトルでブログの記事を書いた。高校時代のブログの最終記事のタイトルだ。

元ネタはエレファントカシマシの名曲「友達がいるのさ」。

 

高校の頃は、卒業式の後、家に帰ってきて部屋で号泣していた。

高校時代の面白いところは、入学して学校に馴染めなかった頃も風呂場で一人で泣いていたのだ。でも卒業式の後の涙は、それとは全く違うものになっていた。

ひどく寂しかったのだ。別に特段仲が良かったわけではないが、それでも明日から高校に行って、いつもの奴らとの中身のない会話が無いことがひどく寂しかった。

 

でも、当時のぼくは卒業に関して

外に友達がいるから毎日出かけてた。
自転車で、時に車や電車で。

そして、高校に友達はいなくなった。
だからもう学校に出かけることはなくなったんだ。
ただそれだけ。シンプルな理由だな。

と述べている。

 

ははは、潔い。さっきまで泣いていたくせに。

 

今のぼくは当時のぼくより割り切りが悪いのかもしれない。

わかってはいるのだが、それでもなんだかイマイチ悲しみきれなくて、イマイチ実感が沸かなくて、ふわふわしている。

だから余計に、なんだかイマイチ割り切れない。

 

高校は3年間だが、それ以上の時間をこの土地で過ごしたからかもしれない。

それに休学時に地元に帰った時にサークルに対して区切りがついてしまっているのも要因かもしれない。

 

とは言え、荷造りをしていれば少しずつ引っ越しが近づいてくる。

 

ぼくはやれるだろうか。

復学後はなんだかんだ誰かしらとはちょいちょい会っていた。一切友人に会わない期間はそうはなかった。

だが、それは大学付近に知り合いが多いことや、ここが立地的に丁度良かったからだ。

 

地元に帰れば状況は一変する。

近くに知り合いはいなくなるし、立地的にも非常に悪い。ぼくの地元に知人が訪れることはまず無いだろう。

であればぼくが足を伸ばす他ないわけだが、バイトも始まれば今までみたいに予定を工面しづらくなる。

 

そもそもバイトだって、ぼくは上手くやれるだろうか。

今までのバイトと全く違う。業務内容自体全然違うし、社員登用もかかっている。

 

 

「がんばれよ!」

先輩との飯を終えてから荷造りをしていたら、先輩からLINEが飛んできた。

そう言えば、かつて先輩が卒業するときも別れ際に励まされた気がする。

ぼくが休学するときも、復学するときも。

 

がんばれ、なんて簡単な言葉だけど、まぁ、そうだな。どうにかするしかないもんな。

 

やっぱりぼくは卒業するわけで、もうこの土地にはいられないわけで。

ならば、やっぱり明日は引っ越しなのだ。

この土地に友達が残っていようとも、ぼくは行かなきゃいけない。高校の頃とは状況が違うから簡単な理屈で割り切れやしないけど、それでも。

 

えー、関係者の方々、本当にありがとうございました。

おかげさまで辛い生活の中でもどうにか楽しく過ごせました。

離れてもきっと友達でいられるから、ぼくは地元に戻ります。

また、機会があれば、いや、機会を作って遊んでください。

これで終わりじゃないですからね。

 

長い間、ぼくの介護をしてくれて本当に感謝してます。ありがとう。それでは。

 

…と、ここで決めてもリアルの誰にも伝わりゃしないんだよなァ…

 

ということで、まぁどうにか、なんとかやっていきます。

さて、明日の引っ越し頑張るぞー!