ぼくを憐れむうた

ぼくを憐れむうた

日々の雑記や音楽のお話

ここは ぐちの はかば


飲み会の隅のブルース

「ぉ…お…」

駅で待つこと数分、1年以上振りに会うサークルの同期が声をかけてきた。

そう、夕方に声をかけて今夜飲むことにしていたのだ。

1年経っても相変わらず挙動不審で安心する。これで妙に明るい人間になっていたら駅のバス乗り場前で絶縁するところだった。

 

近場の安い居酒屋に入って、近況報告とかくだらない話とか、くだらなくない話とかをした。

その中で飲み会の席の位置について話題に上がった。

 

「やっぱりサシ飲みが丁度いいな。大勢の飲み会はぼくには合わないんだよ」

 

まだしばらく空く様子のないお茶割りを飲みながら彼が苦笑する。それにぼくが頷くと、彼が意外そうな表情を見せた。

 

「君は大勢の飲み会にしょっちゅう参加してるイメージがあるけど?」

 

まあ確かに、サークルの飲み会は大所帯になりがちだ。そうでなくても、サークルに在籍中はサシで酒を飲むことは少なかった。

とは言え、じゃあぼくが飲み会に参加したとしてほかの参加者と積極的に話すかと問われれば答えは否である。

 

最近はそこまで大人数の飲み会は開かれていないが、去年の暮れに後輩が企画した飲み会では長机の隅を陣取ってトイレと喫煙所以外は1歩もそこから動かなかった。

これは今に始まったムーブではない。サークル在籍中から大人数の飲み会に参加はせど、1度座った定位置から動くことはほとんどなかった。

つまり、そこにいるメンバーと飲み会の始まりから終わりまで話しているパターンが非常に多かった。

いや、少し見栄を張りました。ぼくに飽きて同じテーブルの人々に席を立たれてしまえば、1人か2人で飲んでいることも多々あったな。

 

通常、サークルの打ち上げなどでは参加者と乾杯して回ることが多いが、ぼくはそこですら一切動かなかった。

今考えれば中々図々しい態度ではあるが、別にぼくと乾杯したい人もいなかっただろうし。

 

なんてことを話すと、同期が自分は未だにそんな調子だと語った。

 

「ぼくも職場の忘年会で1人の人とずっと話してたよ。他の人と話してきたらって忠告もされたけど無視して話し続けてた」

 

いや、そう言われたなら他の人にも話しかけに行けよ…

 

あぁ、なんと哀れな2人がサシ飲みをしているんだろう。

 

とは言え、そんな感じだったから、ぼくはこの同期と仲良くなったのかもしれない。

松本人志も、教室の真ん中で騒いでいる連中より隅の方でボソボソ話しているやつの方が面白いこと言っているもんだ、とどこかで語っていたと聞いたことがある。

 

我々は飲み会でなくても、教室の隅の方で、あるいは世間の隅の方で育ってきた人種だ。

だからこそ、浅瀬で繋がってる人間たちより関係が深いと思う。

 

「ところでOfficial髭男dismって知ってる?」

彼が話をぶった切って話しかけてきた。

「あぁ、あの毒にも薬にもならないクソバンドのこと?」

「君は変わらないなぁ。で、なんで売れてんのあのゴミバンド」

 

*

 

まあまあ飲み明かして、日が跨いだころ、駅近くのコンビニで解散した。

 

ぼくは2月でこの土地を離れる。ぼくらの距離は少し遠くなる。別に近場にいても滅多に連絡はしないのだが。

 

「じゃあ、また、どっかで楽器でも弾けたらいいね」

「そうだねぇ。また連絡するよ」

「春にでも、君の生活が落ち着いたら」

「おう。中間地点あたりでまた落ち合いましょう」

「じゃあね」

 

彼が踵を返してタクシー乗り場へと進もうとする。またしばらく会わなくなるであろう。

 

「いやぁ…2年間…いや、8年間か、どうもお世話になりました」

 

今日も多めに出してもらったので、媚びを売っとこうと…いや、純粋に彼との付き合いはぼくの中で非常に楽しかったから、なんとなく、お礼を最後に彼の背中に投げかけた。

 

「いえいえ、こちらこそ」

 

彼は困ったように笑いながらお辞儀を返してきた。

 

あまり別れを惜しんでも仕方がないし、なにより今生の別れというわけでもないし。このくらいで丁度いいだろう。

 

世界の隅で過ごす人間にとってこの世はだいぶ生きづらいが、まぁ、それでも、また会えるなら、それまで生き抜いて、また遊ぼうな。