ぼくを憐れむうた

ぼくを憐れむうた

日々の雑記や音楽のお話

ここは ぐちの はかば


ぼくたちはみんな段々歳をとる

「もはや我々の界隈で結婚はブームですね」

ぼくは食後のホット珈琲を啜ってため息交じりに零した。

「なんで結婚なんかするんだろうな」

先輩は眉間にシワを寄せて煙草を燻らせている。

 

来る2月初頭、ぼくの同期が入籍するらしい。入籍と結婚の違いはよくわからないが、要は伴侶ができたということだろう。

何年か前まで同じ部屋で楽器で遊んでケラケラ笑っていたのに、いつの間にか彼は随分遠くまで行ってしまったような気がする。

 

「結婚するメリットがよくわからないんだよね、俺」

先輩は短くなった煙草の火を消した。

先輩はそう言うが、先輩にはもう長いこと付き合っている彼女さんがいる。きっといつかは入籍するであろう彼女さんがいるのだ。

ぼくは貴方はどうにでもなりますからね!という気持ちをそっと飲み込んで、そうですねぇ、なんててきとうな相槌で流した。

 

サークルのOBOGと久々に会うと、大方結婚の話題が出る。今の彼女彼氏とどうだとか、展望がない、だとか。次のライブのタイムテーブルについて悪口を言っていた頃が懐かしいくらいにぼくらは歳をとってしまったようだ。

 

ところで、ぼくはサークルに居た頃からずっと恋愛事情などクソくらえだというスタイルをとってきた。彼女がなんだ、彼氏がなんだ、浮かれている暇があるなら楽器でも練習してろと。

それには理由が大体100個くらいあって、1つは女の子と一緒にいるよりサークル員と酒を飲んでいたほうが楽しい、と感じていたことがあげられる。ぼくが女の子から嫌われる星の下生まれたということもあるが、女の子と話していて楽しいと感じることがあまりなかった。男とくらだらないことをしている方が心底楽しくて、女の子との予定をキャンセルして男と遊んでいたこともあった。

2つ目はキャラクターの問題だ。周りが恋愛でキャッキャしてる中、ぼくは上記の理由もあってそんな集団に唾を吐いて生活していた。すると、類は友を呼ぶとでも言うのか、斜に構えた同期との交流が増えた。多少の恋愛ごとはあれど、毒を吐いて周りを見下すスタイルが面白いとされていたのだ。すると、スレた後輩もそれを見て真似はじめる。するといつの間にか

「家鳴りさんは恋愛ごとが嫌いで、音楽が大好きで、人間という生き物が大嫌い」

というレッテルを貼られるわけだ。

別にどれもそこまで毛嫌いしているわけじゃないが、ここまで来たら引き返せない。

「うちは恋愛サークルじゃねえぞゴミどもが…」

と、キャラ設定に則ったセリフを吐いていくしかなくなってしまった。

これを見た後輩が、飲み会で酔っ払って

「うちは恋愛サークルじゃねえんだぞ!」

と叫んで物議を醸していた。その後すぐ女の子と付き合ってたくせによく言ったのものだ。

そんな生活を続けていたので、女の子と接することがとても億劫になっていた。

 

しかし先日、色々あって女の子と遊ぶ機会があって、それが何故かとても楽しかった。が、ぼくからすると非常に意味がわからない。

ここまで書いてきたように、恋愛事とは常に距離をとってきていたわけで、自分の気持ち半分、キャラ半分ではあったものの遠ざけていたのは事実だ。ぼくの中の”恋愛事”に対しての価値は路傍の石ころ以下だったのに、それが揺らいでいる。

なぜなんだろう。ふと考えれば、理由は大体100個くらいある。多分、ぼくも歳をとったんだろう。

就活はせど終活するほどの歳ではないし、自分の老いを嘆くほど生きてきたわけでもないが、それでも数年前よりは歳をとっていて、それは周りも同じで、ぼくらはみんな段々歳をとる。すると、毎日のように遊んでいた人々もそれぞれ居場所を見つけ出して、ぼくらは離れ離れになっていく。ぼくはサークルに依存していたので、そのコミュニティが薄れていけば独りの時間が必要以上に増えていく。

きっとぼくは寂しいんじゃないだろうか。

そんなタイミングでやたら話の合う、なんとなく馬の合う人に出会えたら、楽しく感じても別に不思議じゃないのかもしれない。

 

「てなことがありまして…」

ぼくが苦笑しながら女の子との話を先輩にすると、呆れたように笑われた。

「なるほどね」

先輩は珈琲を啜る。妙に恥ずかしい。先輩はサークルに居た頃のぼくを1年生のころから見ている。あんだけ人の恋路を馬鹿にしてきたぼくが、こんな話を先輩にするなんて今まででは考えられない。

 

しかし、漠然とした不安がつきまとう。ぼくは楽しかったが相手は楽しかったのだろうか。楽しかったかい、と尋ねれば、楽しかったよ、と返ってくるに決まってる。他人の腹の中なんてわからないものだ。それに、今回は楽しかったけど次回は楽しいだろうか。ぼくは人に気がつかえない。今こういう気持ちだろうな、なんて察して相手が気持ち良い方向に行動するなんて器用なことはできない。今回はたまたまぼくの言動と相手の言動が合致しただけで、今後は一切そんなこと無いのではないだろうか。

 

「んー…それはさぁ…」

そんな不安を吐露すると、先輩が一呼吸置いて喋り始めた。

「別に心配する必要ないんじゃないの。だって今回は楽しかったわけでしょ」

はぁ…と曖昧な返事を待たずに先輩が続ける。

「もしかしたら次回は面白いと思えないことがあるかもしれない。けど、その次は前回より楽しいかもしれないじゃん」

ネガティヴァーの名をほしいままにしていたぼくからすると思いつかなかった発想だ。

「まだわからないことを悲しんでても仕方ないでしょ。今回が楽しかったなら、まぁ、それでいいじゃん」

先輩はそう言って煙草に火をつけた。

それもそうか、と腑に落ちたぼくも煙草に火をつけた。

 

一寸先は闇で、明日だってどうなるかわからない。そんな状態で次のことや次の次のことを嘆いても仕方がない。確かにそうだ。だったら、楽しかったことを素直に喜んでいればいいのかもしれない。次会えたら何を話そう、とくちなしの丘でも口ずさんでればいいのかもしれない。

ぼくは先輩の言葉をもう一度浮かべて、珈琲でそれを飲み込んだ。

 

「ところで、話変わるんですけど、ドラッグストアに男2人で来るって絶対ホモだと思いませんか?」

「もう少し詳しく聞かせて」

「髪染め剤を見てるとか、高校生がシーブリーズ買っていくとかならわかるんですけど、シャンプーとか2人で見て、”あ、これめちゃいい匂い”とかやってるんですよ。しかも男性用じゃなくてラックスとかアジエンスとかで」

「あぁ、それはホモだね」

「40人に1人はホモがいるっていうじゃないですか、多分ぼくがバイト入ってから男の二人組が20組は絶対来てるんですよ。つまり100%二人組の中にホモがいたと思うんですよ」

「でも、その理論だとホモとホモのカップルじゃなくて、ホモとノンケの二人組がいたってことになるよね」

「そうなりますね!」

「つまりドラッグストアに誘ってくるやつはホモってことか」

「そうなりますね!」

”ドラッグストアに誘ってくるやつはホモ”

ぼくは先輩の言葉をもう一度浮かべて、珈琲でそれを飲み込んだ。

 

 

p.s.

歌詞もらったので曲作りました