京都の街に出てきました。〜ぼくと京都音博と時々くるり〜
京都音楽博覧会2019
に行ってきましたァ!!
バスで往復12時間かけてなァ!!!
事の始まりは6月下旬だかその頃に後輩から突然
「9/22空けといてくださいね」
の一言が来たことから始まったわけだが、ついこの間までそれを忘れており、9/23にバイトをフルタイムで入れた状態での参戦と相成りました。
つまり往復12時間してフェスに参加したあとでバイトに行ったわけです。
未だに体バキバキです。
で、肝心のフェスの内容だったわけですが、
前半3つ見てないです。遅刻してったってのと、飯屋の行列が偉いことになっててネバヤンの途中からしか聞けなかったです。
通称:ネバヤン、夏の風物詩、蝉の声より夏の音バンド。
行列ハンバーガー屋さんのせいで全然見れなかった。後輩が若干キレ気味にハンバーガー屋さんと話してた。
ネバヤンと言えば世間の評価はうなぎ登りバンド。松ちゃんの脱退があったものの、フェスの常連となっている。あとは水泳帽みたいな帽子さえ改善すればまだまだ旬なバンドなんでしょう。
とは言え、やっぱり5人のネバヤンが好きだったなぁ…仕方のないことだけどね。
通称ナンバガ、ロキノン最盛期の伝説のロックバンド。法被を来たレッド・ツェッペリンことZazen Boysのフロントマン向井秀徳が率いて17年振りに復活。
MCの向井くん曰く、
「(くるりの)岸田くんに再結成の旨を報告した2分後に出演依頼が来た」
とのこと。
ぼくはナンバガの世代ではないけれどフェスのセトリはほぼ全て知ってる曲でした。
17年振りと言われても信じられないくらい息があった演奏には圧巻させられました。
特にOMOIDE IN MYHEADの掛け声は17年経った今でも健在。全くフェスの内容に配慮しない爆音で奏でられる曲たちはバリやばかったし、何よりメンバーがステージに立つ絵面がYouTubeで見ていた映像そのままで、土砂降りの雨すら演出なのかと思わせるほどにかっこよかった。老人者席みたいなのがあったが、そこのご老体たちのピースメーカーがぶっ壊れていないかだけが心配である。
正直ナンバガがいなかったらぼくは京都から帰れなかったかもしれない(後述)。
3.BEGIN
通称べぎん。何故ナンバガとくるりでサンドイッチしたタイムテーブルにしたのか謎。
ナンバガが終わると同時に大量の客が立ち見会場から離席し大混雑。ぼくはその後くるりまで戻らなかったので会場の様子はわからないが、あの退場者の数を見るに……………R.I.P.べぎん……………
しかし、離れで聞いていたがギターがお洒落で中々かっこいいバンドなんだなって印象をうけた。
進んで聞くことは無いと思うけど音博に相応しいのはナンバガよりもこっちなのかもなって思った。進んで聞くことは無いと思うけど。
頑張れべぎん!
4.くるり
さぁ、ここからが本番だ。
おい。金返せ。
まず、去年のくるりのセトリを見て不安が頭をよぎった。というのも去年のセトリは新アルバム「ソングライン」の曲ばかりだったのだ。
ぼくはくるり好きを自称してきたがあくまで旧ベストまでのファンであり、新ベスト以降は本当に興味が無い。最近のくるりの名曲とか言われている曲はほとんど聴き込んでないしマジで興味が無い。
とは言えだ。くるり主催のフェスということもあるので去年の二の舞セトリを危惧して行きのバスで「ソングライン」は2週しておいた。しかし2週しても頭に入ってこないものは入ってこない。経営学の期末試験を思い出した。
なんとなくソングラインのリード曲だけでも把握した状態で参戦ということになったわけだが………
完全に山を外した。
やっちまったア……もっと念入りに復習しておけば…………
じゃねえだろ。
なんでこっちが傾向と対策練らなきゃいけねーんだよ。そんな努力が必要なフェスなのか?音博さんはよォ?お高くとまってんなァ?あ?
なぁにこれ。
どの層のウケを狙ってるの?
ブルーラバー…なに?なんの曲?カバー?新曲?
旧ベストからは驚愕の1曲。ばらの花。
いや、「ばらの花」て………2000回くらい聞いてるしもういいよ。
でブレーメン。どうだ!くるりだろ!みたいな感じに見せられて「ははは^^;」って感じ。
したくないアンコールをすれば極めつけに「宿はなし」。こちとらガチモンの宿はなしなんだよ。日帰りだぞ。ふざけんな。
バンドサウンドが聞けることに一縷の望みを託していたが見事に打ち砕かれた。
ロックバンド「くるり」はもう存在しないんだと強く認識させられたフェスでした。
数年前にくるりを見た時はアンテナの再現ツアーをしていた最中でアンテナの曲をメインでやっており、その時は胸に来るものがあった。それを今回も少しだけ期待していたが、流石くるり。もはや全然別物である。
確かに音楽を続けていれば様々な形態に変化していくのは仕方がなく、それこそが音楽は生き物とされる所以の1つであるように思うが、根幹そのものを変化させてしまうのは如何なものか。ロックというプラットフォームを脱することはそこまで崇高なことなのか?目指すべき姿なのか?ぼくにはわからない。
気に食わないことはまだある。ラッパが全曲に入ってくることだ。
管楽器を正規メンバーに加えているというのも良く考えれば意味が分からない。
い、いる?本当に必要?
まるでラッパを主軸に据えてセトリを考えているようにすら思えた。
だとすれば、もう岸田くんはロックからは遠ざかってしまったんだな。
だとすれば、もうぼくが好きだったくるりは居なくなってしまったんだな。
好きなアーティストの事を好きじゃなくなるのは、恋人と別れることに近しいのかもしれない。ぼくにとって音楽というのは誰よりも身近に寄り添ってくれる存在であるだけに、恋人や友達、ましてや家族なんかとも異なった関係性であるように思う。
後ろ向きだったあの瞬間、少しずるをしたあの瞬間、疲れたあの瞬間、もう考えたくもないあの瞬間、そんな時々にいつも音楽は寄り添ってくれた。
こと「くるり」に関しては、サークルの尊敬していた先輩がコピーしていたことや、後にぼく自身もコピーしていたことから並々ならぬ思い入れがある。サークルのほぼ全ての時間をくるりの曲たちと過ごしていたのだ。思い出まみれだ。
思い出は美化される。昔を思い出していてもろくな事などない。そんなことはわかっている。わかっているけど。それでも、あの時聞いたくるりも、あの時見たくるりも、かっこよかったんだよなあ。それだから先輩たちも、ぼくも、頑張ってコピーしようと思ったんだよ。
でもそんなくるりももういない。ぼくが聞けるくるりはYouTubeの中にしかいないってことだ。
だから切に願うことしかできない。
金返せ……………
と……………………………………
てなわけで、京都音博では伝説のロックバンドNumber Girlに震えさせられて、主催の曲芸集団くるりにメンタルボコボコバキバキにさせられた家鳴りんでした。
トリがくるりのパフォーマンスだっただけに、仮にナンバガが出演していなかったらとてもじゃないが日帰ることはできなかっただろう。
皆さんも音楽性が極端に変化するバンドとの久々の逢瀬には細心の注意を払うことをお勧めします。
さて、君が素敵だったこと、ちょっと思い出してみようかなぁ。