ぼくを憐れむうた

ぼくを憐れむうた

日々の雑記や音楽のお話

ここは ぐちの はかば


午前4時の葛藤ギター

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某日、時計は3時を軽く回っていた…ぼくは頭を抱えていた…

「これじゃ駄目だ…!これじゃあ…ッッ!」

眠らずに朝が来ても尚、ぼくは苦悩して頭をかきむしっていたのだ。

そう、その原因は数時間前に遡る―

(暗転)

その日、ぼくはツイートキャストというサイトにて配信を行っていた。日課である晩酌を金欠を理由に一時的に封印していたぼくは、珈琲を片手に煙草の煙を燻らせながら、どうでもいい話をする…つもりであった。

「今日はバイトでこんなことがあったんすよぉ…マジでしんどいんですよねぇ…」

その日のつまらない話をスマートフォンに、あるいは虚空に独りで話していたところにツイキャスにてチャットが流れてくる。

「曲聞いた」

ぼくは時折遊び感覚で曲を作っている。中々人に聞かせるほどのクオリティではないことはわかっているが、これも遊び感覚でネットに投稿している。

このチャットをくれた方は、元号が変わったことをネタにした~そして令和へ…~という曲を聞いてくれたみたいであった。

 中々キャッチーで可愛らしい曲じゃあないか。なんて自分では思っていた曲であったが、不意にチャットの主が更に書き込みを寄越した。

「サビどこ」

さ…び…?

ぼくは曲を作ることがしばしばあるが、ぼくが曲を作る際にAメロやBメロやサビの概念を有耶無耶にすることが多々ある。これは意図的にそうしている、というより、それぞれのパートに特色をつけるのを苦手としているために有耶無耶になってしまうのだ。

これは自分でも自覚しており、本来であれば改善点と言えるのであるが、正直遊び感覚で作っている曲にそこまで取り組んでも聞いてくれる人も居ないし…とないがしろにしていた部分でもある。

しかし、いざそれを改めてピンポイントで指摘されると、まるでハリボテで作った鎧を取っ払われるような羞恥心や情けなさがこみ上げてきた。

「サビは…ない。AメロとBメロしか…ない」

絞り出すように相手に伝えると暫くして返信がきた。

「Aメロってなに」

え…?なんで…?

なんでAメロという概念を知らないのにサビという概念は知っているの?え…?なんで…?なんで日本はGDPが高いはずなのに幸福度は一向に上がらずに貧富の差が生まれて格差が広がっていくの?

しかし考えてみれば、我々人類も宇宙のことなど何も理解せずに宇宙に浮かぶこの地球という星に住み着いてなんとなく暮らしている。

つまりAメロを知らなくてもサビを知っているというのも不自然なことでもないのかもしれない。

人間というのは物事を全部を理解せずとも部分的に理解し、なんとなくで全体を解釈していることが多いのかもしれないな、そんなことを考えていたら配信が終わっていた。

 

「こんばんは」

ぼくが再び配信を再開して言葉を投げかける。

「Aメロってなに?」

宇宙に思いを馳せていたら元来の問題に答えていなかったのを思い出した。

歌は基本的にAメロ→Bメロ→サビという大まかなパートを伴って進行する。例えば椎名林檎の丸の内サディスティックなら…と懇切丁寧に説明をする。

「へぇ」

時間をかけたわりに1へぇである。世知辛いもんだ。

「とにかくサビがわからない」

こりゃあAメロBメロが伝わってないな…と勘繰りながらも、その点に関してはぼくの知識不足と技術不足が相まって至らないものしか作り出せていない、という言い訳がましい説明を偉そうにする。

「へぇ」

ようやくこれで2へぇである。時間をかけても相応の評価を貰うのは難しいということだ。

 

「じゃあ、6行くらいの歌詞を書いてくれませんか。頑張って曲を作ります。」

ぼくがそう述べたのは日が回った頃だろうか。明日のバイトは遅番だし、ぼくであれば1曲くらい造作ないだろう。そう、この油断こそが冒頭の悲劇の幕開けだったのだ。

本来のぼくの意図としては、その6行からAメロとBメロとサビを作って1分以内の曲を作って終わらせるつもりだった。

しかし…

「サビの歌詞できた」

チャットの主は少し時間をかけて、サビの歌詞を6行書いてきてくれた。

待て待て、違うんだ。話を聞いてくれ。これをサビとするなら、AメロとBメロが必要になるじゃないか。

主曰く、「サビから作ったほうが曲は作りやすい」らしい。ちなみにチャットの主は楽器のプレイヤーでも作曲家でもない。

まぁせっかくだし依頼者の要望に合わせてサビから作ることにした。気まぐれでキーはEにして、少し変なコードも混ぜつつバッキングを完成させる。

そして気づけばAメロ、Bメロの歌詞もチャット欄に投稿されていた。

最初のぼくの思惑とは外れて歌詞が長くなってしまった…が、まぁせっかくだし作っていこう。ついでに転調でもしようかと思い付き、AメロBメロをキーGで作っていくことにした。バッキングもそこそこにメロディをなんとなくつける。

「あ、”君”のとこ”あなた”にしといて」

「よろ」

謎のこだわりを見せ始めたチャット主である作詞家さん。これね、2文字が3文字になると色々困るのよてか君もあなたもおんなじだっっっっr…と喉元まで出かかった言葉を飲み込んでメロディを作り直す。

…そしてコードとメロディを捏ね繰り回すこと数十分。なんとなくのプロトタイプが出来上がる。

「できた!」

ぼくが独りで歓声を上げ、喜びを分かち合おうとスマートフォンを覗き込むと配信が時間切れとなり途切れていた。

 

改めて配信を再開してなんとなく出来たバッキングとメロディを披露する。

まぁ、ぼくにかかればこんなものよ…少し想定より時間はかかってしまったが、曲としては成り立っているだろう。ははは、そんなに褒めるなよ。大したことしてないだろ。

「これサビ嫌い。Aメロのがサビっぽい」

容赦なく突き刺さる依頼者の言葉。

えぇ…ぇえええぇ…あんなに頑張って作ったのに…!?ボツ!?まさかのボツ!?えぇっ!?!??!

呆然と座り尽くすぼく。部屋は静寂に包まれた。

 

………いいだろう。とことん付き合おう。だからとことん付き合ってくれ。

 

Aメロのメロディラインをサビのメロディラインに変える。つまりAメロのメロディラインを1から考え直す。

もはやこれは手術だ。もうすぐ手術中のランプが消えそうだったのに、患者が穴という穴から流血し始めて緊急手術を要されているのだ。

…オペを再開せざるを得まい。

ぼくは改めてAメロを制作した。こうなってくると、元々のBメロも浮いて聞こえる。更にBメロも作り変える必要が出てきた。

4月とは言え真夜中。春にそぐわない気温が部屋に充満してる。そのはずなのに、熱る身体。これは作曲への熱なのか、それとも自分の限界が見え始めたことへの焦りなのか…その区別もつかずにぼくはシャツの腕を捲った。

「これじゃ駄目だ…!これじゃあ…ッッ!」

味気ない時計の針の音が非常に煩わしい。何も上手くいかずに時間が過ぎていくが異常に悔しい。

 

進退を繰り返し、更に数十分が経過した。

 

ようやくなんとなくのメロディラインが再び決まってきた。ようやく終りが見えてきた…ような気がした。

「できました。こんな感じです」

できたメロディラインをおっかなびっくり披露する。

「なんか考えてたのと違う」

っっっそそそそおっっっっっsっっっっryっっやあああああ違うでsyっっよおおおおおよおおおおお!?!!??!別人が作ってんだから!??!?!!

という言葉を飲み込んで、ブレーンストーミングの気概で作詞家の想像するメロディラインを尋ねてみた。

「きー↑みの↓ゆー↑れる↓ながー↑い髪も↓って感じ」

わっっっっっっかるか!!!!!!!

長時間の配信で初めてツッコミを入れた瞬間であった。

てか、”君”に戻っとるやんけ!どっちやねん!

長時間の配信で2発目のツッコミは1発目から数秒後に発せられることになった。

 

結局、配信に繋いでもらって肉声で確認することに。そうなった途端に嫌がり始めた作詞家をどうにか宥めてメロディラインを確認する。

「いや、でもいいよ。家鳴りさんの考えたほうで」

依頼主はそう語るが、依頼主のメロディラインも悪くない…というより、むしろこっちの方がいい気がしてきた。

ぼくはコードにばかり目が行ってしまって、コードありきでメロディラインを考えてしまっていた。

一方、依頼主a.k.a.作詞家は音楽が特にできるわけじゃない。となると、鼻歌で制作することになる。

 

これは非常に大きな違いであり、確実に後者の方が自由にメロディラインを作ることが出来る。これはぼくもそうだ。ギターを弾きながら、より、手ぶらでメロディラインを考えた方がいいことってのは多々ある。

こんな当たり前のことを忘れていたとは…

度々曲を作っていく上で、最近はメロディラインよりもギターに集中してしまい歌をぞんざいに扱っていたのかもしれない。そんなことをこんなところで再確認させられるとは…

慌てて作詞家のメロディラインとAメロを縫い合わせる。

……いい感じだ。今度こそどうにかなりそうだ……

 

気づけば外も明るくなり始めた頃、作詞家もうとうとしてきたらしく歓声を目前にしてその日は解散することになった。

 

不完全ながらも形は出来上がった被検体、もとい合同作は、傍から聞けばなんてことのない作品かもしれない。しかし、それには非常に長い時間の試行錯誤が携わっている。

世の中の創作物ってものはきっとみんなそうだ。何気ない映像も、何気ない演奏も、その裏には似つかわしくないほどの労力がかかっているはずだ。

だから、明日捨てるであろうポストに投函された広告も、少しでいいから眺めてやって欲しい。昔の恋人にもらったぬいぐるみも邪険に扱わないで欲しい。そうすれば、きっとどこかの誰かは、それだけで報われるのかもしれない。

その日の朝方は冴えない朝焼けに煙を混ぜながら、そんなことを考えていたのだった―…

それでは聞いてください!

午前4時の葛藤ギター!(タイトルは本文と関係ない)