"カスミン"
「…カスミンって知ってます?」
喫茶店にてぼくは先輩に尋ねた。
「知らない。なにそれ」
先輩は珈琲を啜りながら興味なさそうに答えた。
「んーと…」
会話を振っておいてなんだが、ぼくも"カスミン"について詳しくない。いざ聞かれるとどう説明したらいいものか。
煙草の煙を眺めながら少し考えて、もう一度尋ねてみる。
「"ヘナモン"って知ってます?」
「なにそれ」
即答だ。どうやら先輩は"カスミン"について一切知らないらしい。
まぁ、そんなものか、と諦めて、その後はお互い詳しくない楽器についてディスりあったりして喫茶店を過ごした。
家に帰ってくると深夜手前になってた。どうやら珈琲を飲みすぎたようで、全然眠くならない。
なんとなくyoutubeを見るのにも飽きてしまったのでツイートキャストを開いた。
「こんばんは、今日喫茶店で…」
スマートホンに向かって話しかける姿ってのは側から見たらどれほど滑稽なんだろう、なんて自嘲気味な笑いを押さえ込みながら、薄暗い部屋で1人ボソボソと喋っていた。
しばらくして、ふと世代の話になった。そういえば喫茶店でも同じような話になったんだ、だから"カスミン"についての話になったんだ、と思い出してツイートキャストに来てくれていた人に尋ねてみた。
「あの、"カスミン"って知ってます?」
ぼくが少し声のトーンを落として声に出してみると、先ほどまで時々チャットでレスポンスをくれていた人がそれまでから考えられない速度ですぐさまチャットを書き込んできた。
<<知らない>>
喫茶店の会話を彷彿とさせる答え。
思えば、喫茶店で話した先輩もまるで話を遮るように即答してきた。あの時はそんなものかと気にもとめなかったが…
誰かに口止めされているのか…?もしかしたら個人レベルではなく組織レベルかもしれない…静まり返る部屋がその答えかのようにも感じる。
恐怖を拭うようにぼくは珈琲に口をつける。
-冷たい…
先ほど淹れたばかりの珈琲がまるでアイス珈琲のように冷たい。
慌てて時計に目をやると、さっきまで午前2時過ぎだったはずなのに3時半を回りそうな位置で針が待機している。まるでもうすぐ3時半にでもなるとでも言いたげに…
それらのことに慌てていたら急に眠たくなってくる。
…一服盛られたのか?
目立ちすぎたかもしれない。"カスミン"について詮索しすぎて、ついにその"組織"に目をつけられたのかもしれない。
ぼく自身、"カスミン"のことを思い出そうとしても軽い頭痛がしてうまく思い出せない。
だからこそ他人に訊いて回ったわけだが、恐らく誰も知らなかった、いや覚えていなかったんだろう。どうやら、これが組織の狙いというわけだ。
これでぼくが忘れてしまえば世界中で"カスミン"のことを覚えている人が誰もいなくなってしまうだろう。
もはやこれも時間の問題だ。
正直、ここまで深刻な事態であるとは思わなかった。殴り書きのようになってしまっているが、どうか許してほしい。時間がないんだ。"カスミン"の記憶をこの世から消すわけにはいかないんだ。
どうかこの記事が誰かに読まれることを願ってやまない。
そしてその"誰か"が"カスミン"のことを後世に伝えていってほしい。ぼくはもう駄目のようだが、それでも何か残そうとしていた人がいたことを忘れないでほしい。
あと最後に記すなら、そうだな…
世界を無駄死にさせないでくれ。我々を忘れないでくれ。(Remember us.)