夜景スポットにて
その日はなんだか妙に寒い日だった。
当時、学校をサボりまくってたぼくは夜景を見に行くのにハマっていた。
時には車で、時には原付で、同じサークルの奴らと夜景を見に行っていた。
そんなある日、ぼくはS君とK君と3人で原付に乗って夜景を見に行くことにした。
しかし、ただ見に行くのではつまらない。マイク付きイヤホンで会話しながら行くことにした。
しかし、ただマイク付きイヤホンで会話しながら行くのではつまらない。その会話を録音することにした。
仕組みとしては、S君の家のパソコンでSkypeのホストをしてもらい、その会議にぼくら全員が参加する。そしてパソコンでSkypeの音声を録音する手法をとることになった。
準備万端と意気込んで出発する3台。
3つか4つの夜景スポットを巡ることを目標にアクセルを捻る。
夜の街を原付で駆け抜けるのは気持ちが良いものだ。まるで世界には3人しかいないような気がするくらい静かな夜だった。
夜景スポットは基本的に人里離れた山奥のような場所にある。つまり、周りに明かりがない所でないと夜景が綺麗に見えないのだ。
順調に僕らは他愛もない会話をしながら原付で夜景スポットを登っては降りていたが、Skypeは早速不調をきたし始めてしまった。
夜景スポットは山奥であり、電波の関係かSkypeがすぐ落ちてしまうのだ。ぼくが当時の化石iPhoneを使っていたのも原因かもしれない。
幸いホストごと落ちてしまうことは無かったが、3人のうち誰かの通信が切れては止まって繋ぎ直す作業で時間を食うことになってしまい次第に面倒になってくると、誰か1人が通話から落ちても区切りの良いところまではそのまま走行することになっていった。
そんな調子で3つ目の夜景スポットにたどり着いたぼくら。
その時はK君の通話が切れていたが、山道のためにそんなスピードも出していなかったので走行しながらもなんとなく会話ができる。
K君「絶対幽霊いるよこの道!家鳴りバックミラー見てごらんよ!」
K君が笑いながら話しかけてくるその道は確かに不気味だった。
真っ暗な道に「不法投棄禁止!」の赤文字の立て看板が不気味に、不規則に、立ち並ぶ。そんな光景とK君の煽りに若干の冷や汗を垂らしながらアクセルを吹かせていた。
その時、不意に片側が鬱蒼とした林からガードレールに切り替わる。つまり夜景が見え始めたということだ。
しかしぼくらは夜景に目が行くより先にガードレールに目がいった。
正確には、ガードレールに無造作にかけられた女性用の衣服に目がいった。
流石に息を飲むぼくら。あれ服だよな?と軽い確認だけ済ませて、詮索しないまま上を目指すことにした。
夜景スポットとだけあり上に登り始めるとチラホラ車が止まっている。しかし、道の端に寄せてある車の一台はベコベコにへこんでいる。
不意に原付のライトが車内を照らすと、5.6人の男女がこちらに目を向けていた。
止まらない冷や汗。なんか嫌だ。暗くて怖いというのも勿論あるがこの山は気持ち悪すぎる。
それでものろのろとタイヤを転がしていると
突然
ゴォーッ!
っというトラックの走行音のようなものが聞こえてきた。周りには音のなる要素は1つもない……思わずS君と顔を見合わせる。K君は未だに進もうとしている。マジか…どんだけ図太いんだ…とK君の神経を疑ったが、どうやら違うらしい。
現時点でSkypeが繋がっているのはぼくとS君。K君は繋がっていない。
つまりこの音はSkype内でしか響いておらず、K君には聞こえていないということだ。
K君「この山絶対人死んでるよな」
ぼく「降りよう」
K君「は?」
S君「うん、降りよう」
ぼく「理由は後で全部話すから、とりあえず近くのコンビニまで今から行こう」
不満そうで不思議そうにする状況が読めてないK君を無理矢理説得してコンビニまで下ることに。
下りの道はそんな訳ないのに周りの木々がやけに煩い気がした。
麓のコンビニまでの道のりがやけに長く感じさせられたが、なんとか辿り着くことができた。ぼくらはガタガタ震えながら缶コーヒーを片手にK君に状況を解説。それを聴くとK君も表情を凍りつかせて黙りこくった。
恐怖による沈黙…それを打ち破ったのはS君だった。
S君「待てよ、もしかしたらパソコンのマイクがオンになってるかもしれん」
先ほども書いたが、今回のSkypeの会議はホストをS君のパソコンのアカウントにしており、そこにぼくらがスマホから通話に参加している形を取っている。
つまりS君の家のSkypeのマイクがオンである場合、S君の家の周辺のトラックの走行音を拾っている可能性がある。
それを受けてS君がスマホのアプリで自分のパソコンを確認し始める。息を飲んでぼくらはそれを見守った。
S君「これ……マイクオンになってるわwwwwwwwww」
S君のその言葉にぼくは思わず、緊張が緩いで腰が抜けたように座り込んでしまった。
なんだ、そんな凡ミスかよ!なんて笑いながらコーヒーを飲みほそうとした
その時
ダンダンッ
という何かを叩きつけるような音がイヤホンから聞こえてきた。
今度は全員が通話に参加している。一瞬で全員の表情が凍りつく。
異音はこの付近の音ではない。イヤホンからしか聞こえない。つまり、S君の部屋の中の音ということだ。
安堵の後に走り抜ける緊張感は心身の疲れを加速させる。
しかしここで棒立ちしているわけにもいかないため、全会一致で夜景スポット巡りを中断してS君のアパートの様子を確認しに戻ることになった。
小雨が降ってきた中を一目散に駆け抜けてS君の家まで戻る。
S君のアパートに戻り、恐る恐る扉を開けると当たり前だがS君の部屋が広がっていた。それも変わらない様子で。
…一体全てはなんだったんだ。不気味な山に不気味な女性用の服。それに不気味な車と山全体の雰囲気。
気持ち悪かったねえ、と苦笑いしながら雑談していると、そういえばとS君がモニターに向かう。
S君「録音してたのどんな感じになってるか聴きなおしてみよう」
そうだ。録音していたのを忘れていた。S君がパソコンの録音ソフトを切って音声を再生する。
ザーーーッ
音声データは砂嵐のノイズしか残っていなかった。正確に全てを聞き直したわけではないが、シークしてもシークしても砂嵐のノイズばかり。
最初は走行の際に受ける風のノイズかと思ったが、ぼくらは途中で何度も原付を降りている。それでは理屈に合わない。
もう何かを口にすることすらできない。ぼくらは凍りついて砂嵐を聞いていた。
………その後、ぼくらに何か異常があったかと言われれば特に問題は起きていない。
しかし今でも鮮明に思い出せるあの日の出来事。ぼくは忘れないし、忘れられないだろう…
…あの日は季節の割になんだか妙に寒い日だった。